njin2003-12-28

『視覚の文法 脳が物を見る法則』(ドナルド・D・ホフマン著、原淳子・望月弘子訳、ISBN:4314009349bk1)
「物を見る」ということは、「目から得られた不完全な情報を元に、脳が世界を再構築する」ということ。実在と信じる世界は、私たちが作ったもの。本書は、読者が実際に試すことができる実験を通し、この事実を知らしめる。
目から得られる情報は、実は不完全。3次元の対象を、2次元に投影しているのだから、それは当然のこと。で、その情報を元に3次元の情報を構築するには、いくつもの(無限の)可能性があるのだけど、脳はある一つを選択する。それは、「偶然を排した、最もありうるだろう」というものになっている。(このプログラムは、進化の過程で選択されてきたと考えられる。)
ところが、この実に複雑で天才的な「見る」と言う行為は、ほとんどのヒトにとって、何の努力も無く、ただ目を開くだけで成し遂げられるため、そんな処理が行われているとは、なかなか信じてはもらえない。そこで本書では、さまざまな錯視(立体・現れる図形・色等々)の図を示し、「無いものを勝手に脳が作ってしまう」事を実感させる。そしてこれを通し、脳はどんな法則(視覚の文法)にのっとって再構築を行っているのかを明らかにする。
じっっっつに、刺激的。ある絵(読者参加の実験)を示して、「こう見える。だから、脳はこんな法則に従っている」と述べ、こちらが「いやいや、こういう可能性もあるんじゃないか」と思っていると、まさにその可能性を否定する絵を示す。実に楽しい。
そして、最先端の研究成果を盛り込んでいるため、「ここまでは分かっているけど、これは分かっていない」という限界がはっきりと述べられている。
さらに、この「視覚の文法」から、例えば「対象がいかにして認識されるか」という心理学や言語など、ほかの分野への波及効果までが述べられる。(例えば身体(に限らず)の各部を見ると、どの言語でも「同じ分け方」をして名前を与えていますね。別々に生まれた言語なら、別々の「区切り方」をしていても不思議は無いのに、すべて同じ。つまり、「対象を切り刻む視覚の文法」が同じなわけで、それは本書で実験を通して明らかにされる。)すばらしいっす。
最後には、この「視覚における世界の再構築」を、他の感覚にも拡張し、「私たちが認識する世界は全て脳が作ったもの」というう結論へと。ただ、これは分量が少なくて、取ってつけたようになっちゃってるので、残念に思う。特に、『脳のなかの幽霊』を読んでいるだけに、強くそう思う。視覚は視覚だけで、完結してよかったんじゃないかな。
それはともかく、今年最高の一冊でした。いや、私などが言うまでも無い。帯のコメントから、明らかです。
(以下引用)
「この本は宝石。人間の視覚研究への楽しい導入であるとともに、目を見張る独創性をもつ唯一無二の本だ」ラマチャンドラン
「私たちが物を見て、その動きと色彩もあわせて構築する際の、実に巧妙な法則性を、たぐいまれな明晰さで示してくれた」リチャード・グレゴリー
「目の前に広がる世界を意味あるものとして認識する、私たちの驚異の能力への心地よい道案内」スティーヴン・ビンカー