ラブ・ケミストリー『ラブ・ケミストリー』(喜多 喜久 著、宝島社、ISBN:4796680012




主人公は東大農学部の院生で、天然物の全合成を研究テーマとしている。彼は、化合物の構造(それが未踏の複雑なものであっても)を見るとその逆合成経路(しかもエレガントな!)が瞬時に頭に浮かぶという天恵の能力を持つ。そんな彼が、女性に一目ぼれ(しかも初恋)したことで、その能力を失った。その彼の前に死神が現れ、彼の能力を取り戻すために恋の指南を…、という話。
 
化学者のつぶやきの紹介で知りました。こんな本が出ていたとは…。
 
研究室の生活を描くといえば、私の世代では「動物のお医者さん」、最近では「もやしもん」でしょうか。ほかには、「パラサイト・イブ」とか。海外では、ソウヤーも書いていたかな。しかしまぁ、バイオ系が多かったわけですが、ついに有機合成屋の生活が描かれる。しかも、目玉となる主人公の能力は逆合成経路を見出すこと。
 
もうね、誰得だと!
 
面白さは、研究に骨の髄まで浸かって、それが生活のすべてとなっているよくいる院生さん(その能力は世界最高の有機合成研究者をも凌駕するのだが)が、恋愛という一般世界と恐る恐るファーストコンタクトする部分ですわなぁ。
 
1日の15時間を、土日もなく研究室で過ごし、飯は論文を読む時間、大学に入ってから服を買ったことがなく、家と大学の往復なので、近所でも行ったことがない…。いやぁ、もう、普通だよねー。
 
そんな彼の恋のアプローチと能力の行方。いいねぇ。特に、大学で研究に没頭するということを知っている人には、たまらんのではないかと。それが本人でも、周りにいる人でも。
 
一方で、研究者の生態や思考パターンがわからないという知人や家族、そして恋人に読んでもらうと、理解してもらえるかも。
 
それにしても、私の相棒が読んだら、けらけらと喜びそうだなぁ。いろいろと心当たりがありすぎて…。
 
ところで、作中に出てくるK. C. Nicolaouの「the bible of total synthesis」は、実際は「Classics in Total Synthesis」という本で、 3巻まで出てるんですよー、とか書いてたら、アマゾンでこの本の関連商品にしっかり並んでるし!
 
天然有機化合物の合成戦略の方が、初学者にはいいと思うけどな。
 
研究としては、全合成そのものにノーベル賞が与えられることはもう無いと、個人的には思っているのだけど、まぁ、そんなことはどうでもよく、楽しかった。